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| 「コンピュータとブラックボックス」 |
経営情報処理研究担当
経営学部 教授 小池 俊隆 |
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学生時代にコンピュータと初めて出会い、それから30数年のつきあいとなっている。パーソナル
コンピュータ(パソコン)にも、それがマイコンといわれた出現当初から触れるチャンスがあった。
パーソナルコンピュータであれ、それ以前のコンピュータ(今でいう汎用機・メインフレーム)であれ、
以前のコンピュータはその中身がある程度分かっていたし、触ることができた。さらに、コンピュータ
システムといえども機械的な部分が残っていたので、そんなところの修理や調整は自分でするのが手っ取り
早かった。
修理や保守を依頼するととてつもなく時間がかかることになるので、それが使用者にとって
当然のことでもあった。技術者も少なかった。 いまのコンピュータはというと、ハードウェアでは故障
すればボードごと交換、場合によっては本体そのものを交換するというふうに、中身をさわる余地がなくなって
きている。パソコンを組み立てるといっても、部分ぶぶんのモジュールを接続するのみで、本当の意味での
組み立てなどできなくなっている。
ソフトウェア面でもしかり。私の知る初期のコンピュータではIPL(イニシャルプログラムローダ)
を手スイッチで入力し、システムプログラム(処理プログラム)を読み込ませ、それではじめて処理が
可能となっていた。それらの仕組みもあらかた理解できるものであった。
パソコンのCP/MやMS−DOSの時代ではメモリの割り当て、ドライバの組み込みなどユーザが
指定しなければならなかった。メモリのどの部分がどうなっているということが少しは理解できた。
ところが、最近のソフトウェアをみてみると、その仕組みはまさにブラックボックスであり、部外者を
寄せ付けないようなものとなっている。OS(Windows)まかせ、アプリケーションソフトウェア
まかせで、その中身をかみ砕いて理解できるといったレベルからは、遙かに遠くなってしまった。
便利さ、高機能化と引き替えに、コンピュータのハードウェア、ソフトウェアともに、まさにブラック
ボックスになってしまったわけである。今後もますますその様相を強めていくであろう。便利さの反面、
なにか寂しさも感じられる、というのは加齢のなせる技であろうか。
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